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海・空・大地の龍 その懐に抱かれて

街から山里そして海辺の丘へと移住を重ねる熟年男子のブログです

冬が好き

寒いのは嫌い、でも冬は好き!!
今日は風もなく穏やかな日差しが優しく暖かい。
こんな日は縁側かその前のデッキで日向ぼっこ。

夏の太陽はギラギラと容赦なく燃えて、対抗出来るのは青春真っ盛りの若者だけの特権。
その点冬の太陽は優しい。
頬にあたるその温もりはあらためてお日様のありがたみが身に沁みる。

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 夏に咲いた花が放置され立ち枯れている、冬の庭はすこし寂しいな

へんな夢を見た。
それは百数十年後の地球の未来だった。

そこは間違いなくこの国の何処か・・・街は透明なドームに覆われ、それに護られるように
その中にビルが林立している。ドームの外はツタや亜熱帯の植物に覆われたジャングルだった。

そしてドームの中にも外にも人は居た。
だが、よく見ると中と外の人間の暮らしの格差は明白だ。

ドームの中の人々の暮らしは一見豊かそうだ。洒落た服を着て食べ物も豊富。
しかし全ての市民は身体の中にマイナンバーのチップを埋め込まれ、労働も移動も国の
スーパーCP(人工知能)に管理されているらしい。
食べ物も全て無菌管理された工場でバイオ生産され、必要なビタミンなどはサプリメントの
錠剤で補充している。

ドームの外は市民や国民の待遇の得られない、大陸の干ばつから逃れてきた難民や
国民選抜から洩れた元国民達。
温暖化の影響で中央アジアもアフリカも南北アメリカさえも砂漠化し、海面は100年前の水位から
20メートルも上昇してしまった。
日本列島は春から秋にかけて大雨が降り、台風は列島をスッポリ覆うスーパータイフーンが毎年
数個は襲ってくる。
南北局地に大きく空いてしまったオゾンホールの穴から紫外線が大量に降り注ぐ環境と50年前の
テロでの核爆弾の使用で放射能汚染も酷い。

だからドームの外の人間は昼は木陰で紫外線を避け、夜間に活動する。
最初の数十年は無法者が跋扈する悲惨な世界だったが秩序は戻りつつあり、各地の山間いに
小さなコミュニティを作り、貧しいが自給自足で暮らし始めた。
無論機械などに管理されない自由な暮らしである。

ドームの中の市民は先端医療を受ければ150歳まで生きる事が可能になった。が、その恩恵を
受けられるのはホンの1%の特権階級のみ。むしろドーム内で暮らせる人数に制限があるために
80歳まで働き、それ以降は毎年資産で選別され、金のない者は安楽死させられる。
だから教育と働く年齢に達してからも一生は競争社会のなかで暮らさねばならない。
一方ドームの外の人間は環境の悪化や医療も前世紀程度なので、60歳まで生き長らえる人は
稀かも知れない。

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 畑の猿を追い払って、オイラ達が代わりに日向ぼっこだぁ

そんな未来を覗くような夢だったな。
「安心安全な未来」・・「それは我々偉い政府や金持ちに逆らわなければ」の前提条件付きだった

あぁ~まだこの時代に生を受けてオラは幸せだったよ。

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    父ちゃん、オレのタマタマ見てみ ホラ、すっかり元通りに治ったど
    と、得意げなジャッキーのポーズ


それでは皆さま、良いお正月を


曲はサラ・ボーンの「ラバーズ・コンチェルト」です



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  1. 2015/12/26(土) 13:02:50|
  2. エッセイ
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QUE SERA SERA ケセラセラ

ウチの妻がたまによっちゃんに向かって言う。
「老後は年金だけじゃ不安だよね、少し蓄えも残さないといけないのに
 ジイったら浪費ばっかりしちゃって全く困りもんだわ」

そんな時
「君はフランス人と結婚したと思えばいいんだよ。ホラよく見てみ、ボクがジャン・レノに
 見えてきただろ」って返答致します(笑)
その根拠は「お金がなくても平気なフランス人 お金があっても不安な日本人」と言う
20年間パリ在住の経験を持つ吉村葉子著の講談社文庫の本
少なくもこの著者の周辺、知り合いのフランス人はみんなそうで、お金などなくとも人生を謳歌
しているらしい。

「そうかボクは日本人よりもむしろフランスやイタリヤ人気質なのかぁ」と、ひとり合点しています。

昨夜のお客さんとの会話(その浪費のお返しとしてノルマ通りに夜のバイトをまだやってます)
60代半ばの方だったが
「やあ、資産運用って難しいよな。銀行が絶対大丈夫だからって信託なんて預けてみたら
 大損しちゃったよ。何か良い資産運用ってないかねえ。君知ってたら教えてよ」

「・・・ ボクにそんなの聞かれましてもねえ だいたいが運用する資産なんて一銭も
 持ってませんから」

「イヤ、何かあるでしょう そんな大金でなくとも例えば10万円位からでも出来て
 ほらあの株は将来上がりそうだとか、そんなのだったら何か知ってるんじゃないの?」

「だから、そんなお金持ってませんて 例えその10万円があったらボクはすぐに
 遣っちゃいますから お客さん、いくら資産を残してもあの世には持っていけませんって
 そしてその資産を巡って子供や孫が争うのなんて、それこそ悲劇でしょ
 お金はいくら持っていても遣えないんじゃ持っていないのと同じ事じゃないですか
 生きている内に自分の為に遣ってこそ価値があるんじゃないんですか?
 
 まぁ、ゼロの桁がどれだけ増えたか? それが生き甲斐のひともいるみたいですけどね」

「しかし君 これから益々歳をとって万が一の時の蓄えもないと不安でしょう」

「万が一ってどんなことですか?」

「病気とか、身体が不自由になって老人ホームの世話にならなきゃいけない時とかさ」

「病気って お客さん 失礼ですけどボクよりご年配でしょ ボクも来年還暦ですが
 これから先、万が一大病したとしてその治療で五年長生きし、病院のベッドで暮らすくらい
 なら、いまここで死んだって悔いはない生き方をした方がマシだと自分は思ってます。
 それと、もしもホームの世話になるような状態になってもボクは他の入居者さんと一緒に
 チーチーパッパなんて出来ないので 独り山の中かなんかで野垂れ死にしたほうがマシだし
 子供もそれで世間体がどうだのなんて言わないように育てましたから」

「師匠 これから君の事を師匠って呼ばせて下さいよ」
なんて冗談だか茶化せれてしまったが、まぁこれは性分の問題で
先ず、自分の最後をケ・セラセラと割り切れる人はこの国では少ないと思います。

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昨日の昼間一本の映画(DVD)を観ました。
「あの日の声を探して」 昨年のフランス・グルジア映画で今月よりDVDレンタル解禁
99年のチェチェン紛争時ロシア軍の介入で両親を殺されたが難を逃れ赤児を抱いた
9歳の少年の物語り
そしてその前日の晩はNHKが現在のシリア難民の置かれた苦難の状況を撮したドキュメンタリー
同時刻、民放では相変わらずのお笑いタレント大挙出演のバラエティ番組((´-д-)-3ハァ~

あ~あ、夕べのあのお客さんへ そんな運用に困るほどの資産があるのなら
この寒空で毛布一枚に困っている難民にせめてその資産の利子の一部でも役立てたら
って言っておけば良かったなぁ

決めた!! 実は先日振り込め詐欺を事前防止して警察署から表彰されるらしい
別に賞状なんて欲しかないが、報奨金も貰えるだろうからそのお金、僅かでもその毛布や
難民の赤ちゃんのミルク代になる様に寄付しちゃおうっと

曲は1956年 ボクが産まれた年のドリス・デイが歌った「ケ・セラセラ」




  1. 2015/12/23(水) 12:55:37|
  2. エッセイ
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レオンーshape of my heart

手持ちのCDライブラリーより誰かがカバーしたこの曲「Shape Of My Heart」が
流れてきた。
「どこかで聴いた事があるメロディだな?なんだっけ」と、オリジナルはだれが歌っていたか
確認したら、スティングだった。

そして更にあの映画「レオン」のエンディングの曲だと思い出した。
(94年米仏合作 監督はリュック・ベッソン 主演ジャン・レノ そして少女マチルダ役は
 まだ幼かったナタリー・ポートマン)



ジャン・レノが演じた孤独な殺し屋レオンも渋かったが、両親姉弟を悪徳麻薬捜査官に殺された
少女マチルダがレオンに救われ、彼に密かに幼い恋心を抱きながらも弟子入りして復讐を果た
そうとするストーリー。そのマチルダのキュートさとラストの切なさが何度観ても飽きない名画。
だから又DVDを借りてきて観てしまった。

改めて映画の内容と重ね合わせて歌詞の意味を考える。
But that’s not the shape of y heart でも私のハートの形はそんなんじゃない
(面倒くさいから前後の歌詞は省略)

そうだね!!この世に答で唯ひとつ、自分自身でしか出せない問題がある。
それは自身の生き方について

優秀なカウンセリングの先生やら口うるさい両親が「こうした方が良いだろう」とか、
「こうしなさい」と貴方の心に土足で踏み入って貴方の人生に介入してくるだろう。
それが社会だか世間の常識として先ず無難の答えとしてね。
でもそれは but tha’s not the shape of my heart

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そう、
迷いが生じた時の世間の壁はエベレストよりも高く、越え難い城壁となって貴方の前に
立ちはだかる。
でもそんな時、他人の意見は参考にはなるだろうがそれが答えではないハズ。
安易に妥協したら貴方は一生後悔するハメになるのだから。


「優しい時間」などと、ときに詩人がうっとりする様な詩を読む。
だが時間の本質はとても残酷だ。
宇宙の時間は始まった瞬間に宇宙の終焉に向かって刻まれ、
人間は産まれた瞬間にその死に向かって時は刻まれていく。
何人たりとも時間は止められないし、安泰な人生などあろう筈がない。
だから他人に振り回されてはいけない。
人生の終焉を迎える時に「自分自身で出した答えが正しかった」と
思える人生を歩むために。




  1. 2015/12/19(土) 20:34:18|
  2. ミュージック
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ジャッキーの受難

初冬のいつもの朝、ボクとニイちゃんのタロウは朝ごはんを母屋前のデッキで食べた後、
出勤する父ちゃんに犬小屋デッキに入れられて退屈なお留守番だよ。
今日は母ちゃんも仕事らしく、それから10分後に
「バイバイ、今日は夕方までお留守番だからいい子にしてるんだよ」って言われてふたりとも
居なくなってしまった。

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  東側の窓の外のエサ台から玄関前の新しいバードフィーダーに誘導しようと
  こっちは沢山ご馳走を用意してあるんだけど、中々来てくれないんだよねピーちゃん


あれは何時頃だったろう?いつものエテ公軍団たちが隣の畑に大挙してやって来た。
この季節のあいつらのお目当てはその畑のミカンとユズさ。
あの棘だらけのユズの木だってあいつらは食い物欲しさに平気で登るんだぜ。
その内に一匹の若いオス猿がボクたちの犬小屋デッキの傍に来て、ボクを挑発し始めたんだ。

「ヘイヘイアホ犬ジャッキー、今日もお前はワンワン吠えてるだけでどうせ繋がれてるんだから
 オレ達に手も足もだせないだろ」って

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チクショウメ、バカにしやがって~ ボクが優秀な猟犬の血を引く運動能力バツグンな犬だって
知らねえのかよ。
(もっとも花火や雷がおっかなくて「こりゃ鉄砲ブチ用の猟犬には仕えねぇや」と、仔犬の時に
 見捨てられて、街を彷徨った挙句に父ちゃんに拾って貰ったワンコだけどさ)
ともかく、エテ公なんぞにバカにされたまま黙っていられるか、ソレ~


とさぁ、勢いよくデッキの柵から飛んだはいいんだけど・・・
繋がれてるワイヤーが短くて下の地面に後ろ足で立ってるのがやっとこさだったのを頭に血がノボリ
すっかり忘れてた。
(そう言えば以前に雪が降った時にニイちゃんの小屋の屋根で足が滑って下に落っこちた事
 忘れてた。
 あの時は父ちゃんも母ちゃんも家に居て、異変をニイちゃんが吠えて教えてくれたから直ぐに
 父ちゃんが助けてくれたんだっけ)

どうしよう、ニイちゃん助けてようΣ(゜Д゜)ノノ─ァァァッ!!!
父チャ~ンΣ(´Д`lll)エエ!!

うわぁ~後ろ足がツッテきちゃったよ。゚(゚´Д`゚)゚。どんなにボクが身軽だって、夜までは足が
もたないよ。
ゲホッゲホッ!!首輪が喉に締まって息が出来ない、これじゃなんとかしないと死んじゃうよ~

その頃よっちゃん、いつものその日の勤務体系では1時間の休憩時間で家に寄ると飯を食う時間も
ないので、昼休みに家に戻ることは先ずない。
でも何だか胸騒ぎがして「今日は昼休みにちょっと家に戻って来るね」と、同僚に言い残し、
コンビニのサンドイッチを頬張りながら
「タロウとジャッキーのおしっこだけさせて仕事に戻ろうっと」
なんて呑気に家に戻った。
そして車を降りたら何だかタロウが異様に吠えている。

犬小屋デッキにはタロウだけで、ソフトボールとかキュッキュとなるワンコのおもちゃが入口の扉に
散乱し、いつもと様子が違っていた。
「アレッ!!ジャッキーは」 タロウが何か必死にうったえる様に吠えると、
「ヒ~ン・ヒ~ン」となんだかかすれて必死なジャッキーの鳴き声がデッキの向こう側から
聞こえた。

あの時のジャッキーの顔・・・一生忘れませんよ、それは情けなさそうだけど
「ワ~イ・父ちゃんが助けに来てくれた」
との、あの安堵の表情。
もしも夕方、妻が帰るまでにあのままだったなら??? さすがのジャッキーも力尽き首を吊って
息絶えていただろうな。

それにしても不思議、なんでこの日に限って家に戻ろうなんて想ったのだろうか?
タロウとジャッキーの必死なSOSテレパシーを受信したんだろうなぁ(((o(*゚▽゚*)o)))
良かった良かった、な、ジャッキー

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その晩直ぐ、万一次も落ちた時の対策をしましたが、対策前だとワイヤーが伸びないので
ジャッキーは後ろ足しか地面に届かない。 
そしてこの切り株に足を掛けてよじ登ろうとしては落ち、キンタマを擦りむいたんだな(笑)きっと


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ここにもジャッキー君の生き残る為の必死な格闘の痕跡が・・柵を噛んで破壊すれば
デッキによじ登れると思ったのだろう。
柵の柱に固定していたワイヤーをパイプを取り付けてそれに輪を作り固定。
これなら万一落ちてもワイヤーが上にズレるから、地面に足がつく。
  ホラね

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そのジャッキー君、当日(12日土曜日)の格闘の末にタマタマのおケケも擦り剥け真っ赤に
腫らしておりますが、三日経った今日はその腫れも大夫治り、今日も元気に
「父ちゃん散歩に行こうよ」と、さっきから盛んに吠えてます。

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そうそう、救出直後のジャッキーにタロウが真っ直ぐに駆け寄って「良かったなぁジャッキー」って
鼻を舐めてあげてましたよ。
入口に散乱していたおもちゃはジャッキーの小屋と柵の狭い隙間に転がっていた物だから、
多分タロウも何とかしてあげようと必死に傍でウロウロしていたのだろう。
見ていたわけじゃないけれど、涙ぐましい兄弟愛でジンと来ちゃいましたとさ。


曲はカーペンターズ



「Yesterday Once More」でした。


  1. 2015/12/14(月) 12:38:46|
  2. 作業
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  4. | コメント:4

おひとり様プチドライブ

こんな田舎町には前世紀の遺物であるレコードを取り扱うお店は一件もない。
だからそれが欲しくなるとネットで入手するか峠を越えて平野部の街へ出掛け
なければならない。

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そうなんです北でも南でも東でも、とにかく平野部へ出るためには峠を必ず
ひとつは越さないと行けない。
でも、初冬の峠道のドライブは好きです。
寒くなるほどに寂しくなる木々の葉と路肩に積もったその落ち葉、昨日の峠道は
平日なので殆どすれ違う車もなく、帰り道なんて峠に差し掛かってから一台も車と
出合わなかった。

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 帰り道、まだ5時だというのに真っ暗、峠から見下ろす秩父の街の灯りは
 山に囲まれてこじんまりと光っていた


だけど気を付けないと鹿や野うさぎが突然飛び出してきて道路を横切るから、決して
飛ばしません。
好きな曲を聴きながら初冬のワインディングロードの気ままなドライブでした。

今日は雨なのでダラダラと一日中ストーブにあたって過ごします。

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  昨日朝六時半、天気は下り坂らしく朝焼けの空でした

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曲はジョー・コッカーの渋い歌声で「クレイジー・イン・ラブ」






  1. 2015/12/11(金) 10:31:22|
  2. お出掛け
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  4. | コメント:0

幸福論

性懲りもなくまたよっちゃんの「昔は良かった」的なブログ(笑)

昨夜の夕飯を「何が食べたい」って妻が聞くので「今夜はすいとんにしよう」と答えた。
地方によっては「つみっこ」とか、ここ秩父では捏ねた小麦粉をちぎっては鍋に入れるから
「とっちゃなげ」と言うらしい。
(戦前戦中派の先輩たちにとって、当時は他に大した具もない粗末な食べ物で嫌がる人も多い)

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当然言いだしっぺなので「じゃぁ美味しいのをジイが作って」となる。
具の野菜を刻むのは面倒なのでそれは妻にやらせてスープと小麦を練るのはボク。
食材に事欠く時代と違って今のすいとんを侮るなかれ(笑)
スープだってたっぷりの出汁をとり、家で採れた野菜や近所で貰った野菜、それにお肉だって入る
ご馳走なのだ。
当然自分で作ると鍋に溢れるほど作っちゃうので妻が鍋の蓋を開け
「ウワ~ こんなに作って食べきれないよ」とビックラこく
(ヾノ・∀・`)イイノイイノ、明日もボクは休みで3食これを食べるから」

 

子供の頃観た映画にイタリヤ映画の「鉄道員」てのがあった(1956年制作)
厳格な機関車の運転手の父に誇りと憧れを抱く末っ子のサンドラの視点から撮影した彼の一家の物語り
そのラストシーンで散りぢりとなってしまった家族が再び集い、それを喜ぶ父(アンドレア)がギターを
爪弾いている。
やがてその音色の途絶えた事に気が付く奥さんがアンドレの元に駆け寄ると、彼は既に息絶えていた。
しかしその最後のときのアンドレの表情はこの上なく穏やかで幸せそうで、映画の音楽とともにいつまでも
忘れられない名画です。

さてさて現代の家庭はなんでもオートマチックで快適な家がある。
この暮らしを維持するために父親は残業と同僚とのお付き合いでご帰宅は深夜。
そして子供たちは自分の部屋に専用TVとパソコン、塾通いも忙しい。
家族揃っての夕餉の集いなんか却って煩わしいから、食事は子供はコンビニ弁当かカップ麺、
お父さんはスーパーのお惣菜を深夜にひとりでレンジでチン。
老後に惨めな生活はしたくはないと奥様はせっせとヘソクリだぁ。

全ては「お金がないと幸せにはなれない」と、いつの間にかそんな世の中になってしまいました。
 
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 わずかに残った落葉樹の葉もやがて全て散る頃はもうお正月だな

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  おやおや、よっちゃん手作りのバードフィーダーに置いたリンゴ
  野鳥さんがやっと気づいてくれたらしく、喋んだ跡が( ̄∀ ̄)

  
賢い現代の若者がそれに気が付いて、家族で田舎に移住し半自給自足生活を始めました。
なんてのを時々TVで見掛けますが、まだまだ極少数派で世間じゃそんな人たちを変わり者
呼ばわり致します。

冒頭の映画じゃないが、よっちゃんの子供の頃もご多分に洩れず貧しかった。
わずかなおかずは必ず兄弟たちで取り合いし、母親はいつも怒っていた。
「この子たちに美味しいものをたらふく食べさてあげたい」それは悲しい怒りと子供心にも分かる
確かな家族の温もりがあった。

「振り込め詐欺の電話が市内に頻繁にかかってます」と防災無線が毎日やかましくがなり立てている。
だけど溢れるそんな詐欺師を警戒したって、今の世の中全てが詐欺で成り立っている様なもんでさ。

「安心安全な国づくりとか未来を」なんて言ってる政治家がその筆頭で、なら原発は要らないでしょ。
あんな百代先の子孫までその廃棄物汚染が残るものを作りやがって。
「それは一部の企業が莫大な利益と政治家がそのおこぼれを頂戴するために必要なんです」だろうに。

そして我々だって「我が子の輝く未来の為に」なんてせっせと働き企業の手先となってつまらんモン作って
売ってるが、
見なさいよ市の粗大ゴミ置き場を、廃プラと重金属混じりのスクラップばかりじゃないの。
やがてそのスクラップ置き場には寿命の尽きた太陽発電パネルが山となるってか(笑)

便利と幸福は別物。
現代人はものぐさになり過ぎです。
手間暇掛けて作る楽しさとその幸福感は過去の遺物なんでしょうか?

今朝の紙面広告に「貧乏老後に泣く人、安心老後で笑う人」なんてのが載っていた。
いいでしょう・・・ボクがその実験台になってあげますよってんだ。

モチロン貧乏老後でも笑う人ですけど( ¯﹀¯ )/+*

さてと昨夜の「とっちゃなげ」でお昼にしましょうかね


  1. 2015/12/07(月) 12:14:49|
  2. エッセイ
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暮らし、ノスタルジー

師走になり早一週間も経過してしまい、また一年が足早に通り過ぎていく。
最近やたら耳に付くキャッチフレーズが「・・・の未来に向かって」とか「・・・な未来の暮らし」
みたいなコピー。
でも自分の暮らしを世の中の流行りに合わせる必要なんか何処にもないし、
ましてや田舎でひっそり暮らすなら尚の事。

そんなよっちゃんの暮らしは益々ノスタルジーな世界に浸っていってます。
50年代60年代のジャズやジャズヴォーカルはエアコンやファンヒーターの機械的な熱よりも
ローソクや薪の炎の様な温もりがあるから、不便でも暖房は薪ストーブにかぎる。

 

休日の夜の過ごし方は
民放のバラエティ番組を見るよりか、こんな曲を聴いて気持ちをあの時代にタイムスリップさせて
いた方がずっと心が満たされる。

最近の車は確かに故障知らずだけど、僕らの青春時代はよく故障したりパンクしたりした。
彼女とドライブに行ってその旅先で立ち往生し、タイヤ交換なんてのは序の口で、ボンネットを開けて
応急修理してみせたりと、それはここぞとばかりの男の見せ場だったし、手持ち無沙汰の彼女が海を
眺めながら歌ってる。
なんて、実際にあった事でも還暦ジジイの妄想でも映画のワンシーンみたいで最高な回想シーン。
ともに白髪のバァさんの肩でも今夜は優しく揉んであげたくなるってもんですよ。

孫は確かに可愛いが、一緒に暮らしたいとは思わない。
毎日隣りでゲームをピコピコやられたんじゃ、こんな静かな暮らしは出来やしない。
お正月と、年に数回会ってジイの背丈を越えていく成長を確認できればそれでいい。

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さて、そろそろ年賀状の準備でもしようかな。
  1. 2015/12/06(日) 18:48:36|
  2. ミュージック
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秩父の山里から海辺の丘へと再移住を決心した熟年オヤジのブログ
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