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海・空・大地の龍 その懐に抱かれて

街から山里そして海辺の丘へと移住を重ねる熟年男子のブログです

一歩前へその先にあるもの

「転ばぬ先の杖」と言うことわざもあれば「案ずるよりも産むが易し」と言うことわざもある。
さて、「転ばぬ先の杖」 この語韻から受ける印象はやたら慎重で、あまり好きではない。
「案ずるよりも産むが易し、例え転んでもただじゃ起きないぜ、石ころのひとつもつかんで起きるさ」

そこでもう一度「転ばぬ先の云々」を考える。
歩みを踏み留めるための教えではない。一歩を踏み出すには充分な備えを怠るな。
さすれば自ずと道は開ける!
この諺の本来の教えはそこにあるのだと思います。

さぁ今年ももう残りわずかで終わり、新しい年が始まります。
人生も定年の60歳前後からの15年を黄金の15年と呼び、酸いも甘いもたっぷりと経験した
この年代でこそ本当の生きる喜びが味わえる年代です。
ボクはこの山里に越してきて既に15年近く、還暦プラス一年にして、
この15年を経験できた。
だったらこれからの15年はなんだろう?ダイヤモンドの15年か?否、20年だ
そうです、もう直に迎える新年は人生の総仕上げ、
このダイヤモンドの20年の元年にするのだ( ¯﹀¯ )/+* 

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勇気を持って踏み出す一歩、果たしてその先に何が待ってるのだろうか?
留まればそれは「昨日の続きの今日」となり、踏み出せばそれは「明日につながる今」となる。



ごめんよジャッキー、この前「君も忠犬になりたっかったら」なんて書いちゃって
君は本当はもう充分に忠犬だし名犬だよ (笑)
見える現象だけの考えだったら確かにお宝の在り処、ここほれワンワンを要求したくなるんだけど
君の存在そのものがボクにはもう充分すぎるほど心の充足感を与えてくれてるんだっけ

今日君は始めて兄ちゃん(タロウ)の祭壇からお供えを失敬した。
お骨に載せてあるタロウの首輪の匂いを嗅いで兄ちゃんに挨拶、
「ねぇ兄ちゃん、もうそろそろこのお供えはボクが貰ってもいいよね」とでも言ったのだろう
それからおもむろにビッケとジャーキーをパックンチョ 
そしてもう一度首輪の匂いをクンクンしていた。

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きっとタロウも空の上でそんな弟犬を温かく見守っているだろうな。
そんな風に思えました。

そして夜、チョットの隙をついてのリードをぶら下げたままに家から脱走し一時間経っても帰って
来ない。
仕方ないから寒空の下、彼を探しに行く。
どうせ近所をぶらついていてボクの気配を林のなかで窺がっているに違いがないが、外に出れば
彼の方から近づいて来る。
近づいてはくるが、暫くは鬼ごっこがしたくて直ぐには捕まえさせてはくれないのでこちらも
しらばっくれてる。
そうすると鬼ごっこを諦めて彼の方から擦り寄ってくるんです。
もうこの赤ちゃん坊主、今はボクの膝の上、でかい図体でまったりしてますよ。

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それでは皆様、良いお年をお迎え下さいませ


   


ロッドスチュワート、フォーエバーヤングと言う曲です。
同じ題名でボブディランも曲を書いてますが、これは彼が二人の子どもたちに捧げた曲です。
この曲を
家族と自分、応援してくれる誰とへも捧げ、今年を締めくくりたいと思います。


以下訳詞です。

君があてもなく歩くどんな道でも
主が君とともにいてくれますように
君が故郷から離れていても
太陽の光と幸福が君を包んでくれますように

(中略)

どんな道を君が選ぼうと
僕は君の後ろで見守っている
勝ち負けなんてどうでもいいさ
いつまでも若々しくあれ
いつまでも若々しくあれ
いつまでも  いつまでも




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  1. 2017/12/23(土) 21:22:38|
  2. エッセイ
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ウチの鍋は三段締め

今しがた蒔き割り作業を終えてこのパソコンに向かってます。
10時前から始めた作業も気が付けばもうお昼となっていた。

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朝飯は昨夜の鍋の残りのツユでオジヤにして食った。
いつもの休日は昼飯を抜いているが、肉体作業をするとやっぱり腹が減る。
さて、最後はこのオジヤのオコゲを食って鍋をきれいにしよう。

なんとも貧乏ったらしいが、これが実に旨い。
夕飯を鍋料理にすると大体がシメはウドンとなり、これは何処の家庭も一緒か
だけどそれでも鍋の具材からとれた出汁の効いたお汁は残るだろ、だからボクは
このお汁を利用して冷蔵庫に残ってるご飯と卵でオジヤにして翌日の一食を食う
妻はオジヤやおかゆご飯は好きじゃない。
こんな旨いもん・・・多分見た目の印象だけの食わず嫌いだ。

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そう言えば以前読んだ何かの本でフランス人と結婚した日本の女性が肉料理に使った
フライパンを直ぐに洗い流したら、えらく旦那さんに叱られ喧嘩となったらしい。
あちらではフライパンに残った肉汁を捨てるなんて事はせず、それを使って美味しい
ソースを作るのは当たり前のことらしいし、そんなこと知らなくてもボクも普通にそうやって
ました。

そうかボクはフランス人の血が流れてるのかも
・・・まぁ数万年以上も前のネアンデルタール人かクロマニヨン人だと思うけどね 
   ((((;´・ω・`)))

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ボクはアル中だ・・・と言ってもアルコールじゃなくてオーディオメーカーの
アルテックのこと。
今使っているJBL4311BもKLHのモデル6もいい音で鳴ってます。
だけど初夏に壊れたアルテックの音に未だ未練を引きずってます。
ジャズを聴く人にJBL好きの人は圧倒的に多い。
確かにいい音だと思う、だけどそれは「オーディオ的にいい音」そんな感じがします。
前へ前へ音が飛び出してくるアルテックのスピーカーは確かに聴き疲れがするけれど
軽いコーン紙を使っているのでとにかく生楽器の再生はその反応の良さに惚れ惚れしちゃう
夢よもう一度と思っているが、とにかく程度の良い出物がなかなかないし、この家ではもう狭く
て設置する場所がない。

ジャッキーよ、そんな落ち葉をカッパイだってなんも出てきやしないぞ。
君も忠犬になりたかったらお宝が出てきそうな場所を「ここ掘れワンワン」してみやがれってんだ


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  1. 2017/12/12(火) 13:56:14|
  2. 作業
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キースジャレット・天上の音

今回の記事は長文になるかも知れない。何せ冒頭の部分は10日程前に書いて公開せずに保存した
記事への上書きですから・・・

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さて、
これ程「癒し」と言う言葉が世間に氾濫している時代はかつてなかったと思う。
それだけ世間は厳しく暮らしにくくなったという証拠なのだろうか?

だが待てよ・・・機械文明の進化やらITの進化で旅行にしろ家事にしろ何でもこれだけ便利で、
戦前と比べればお話にならないほど豊かな時代になった筈。

そう見かけ上、表面上の豊かさだけならば人類史上、今が最大に豊かな時代だ。
けれどもその恩恵に与かる為には個々人の能力の限界まで、否、それ以上に働かなければ
ならずストレスも溜まる。
人は見かけだけの豊かさだけでは、決して幸福になれないのだと思う。
だから皆「癒し」を求めるのだろう。

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「癒し」=「救い」を求めパックツアーの温泉や海外旅行、美味しいレストランやリラクゼーションに
せっせと通う。

ボクはこの「癒し」と言う言葉が好きではない。

この言葉から受ける印象はまた同じ処、即ち「あぁ~疲れがとれたねぇ」と昨日と同じ場所にただ
戻って来るだけで、数日もすればまた次の「癒し」を求めたくなる。
それはギャンブル依存症やアル中などの心理と本質的には同じだからだ。

「癒し癒されるために働くのですか?」
働くとは精神的に人をもっと上のステージへ引き上げるためではないのですか?

それはお金で何でも買える時代です、けれど本物の成功者とはお金も手に入れたかも知れないが
それだけでないでしょう
ただお金儲けに成功し、人格が備わってない人間は決して世間から尊敬などされはせず、、
大金を遣ってくれるお客様として腹の中でアッカンベェをされながら大事にされているだけで悲しい

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「お金は勝手に後からついてくる」が信条のボクはどうもこのお金持ちになる事とは一生無縁のような
気がします。
でも冒頭のような働き方からは卒業し「昨日に続く今日を生きるのではなく明日に繋がる今を生きよう」
そう思えるまでに何とか成長出来ました。

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今シーズン、薪の値段が高騰した。
ウチの家計では昨シーズンみたいにバンバン燃やすことが出来ずに薪代を
何とか節約しなければならない
幸い近所に頂ける許可をもらってある伐採したケヤキの木がまだ転がっている
昨シーズンは手ごろな太さのこの木を妻と一輪車で運びあげたが
残っているのは細い焚き付け程度と運ぶのを躊躇った太い原木
筋肉痛を覚悟して先日は妻とこのブットイ原木を何とか家の庭まで運び上げました。


他人は家の修繕やましてや面倒な薪つくり、お酒を飲むにしたってお店、要はお金で済ませれば
なんでも楽ちんだろ!!  そう思ってるかも知れない。

だけどボクにはその「癒し」にお金はかからない。本音を言えば動き出すまでは少し面倒くさい。
だがイザ始めればこの作業が楽しくて、作業をしながら得られる事が沢山ある。

誰かに命令されお金の為だけに働くことは苦痛だ。
そしてただ金儲けの為だけに誰かに命令し働かせる事はもっと卑しい。

前世紀末から今世紀始めにかけて吹き荒れた企業のグローバル化と合理化。
自分にはどうしてもこの流れに馴染めなかった。
部下や同僚を利用して点数稼ぎをし、売り上げを伸ばし出世を目論むなんて
甘いと思われようが出来ないし、そう言う才能もないから上層部からは
使えない中間管理職のレッテルを貼られ、もはやこれまでと自ら会社を去った。

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こんな太い原木は蒔になるまでいっぺんに加工出来ない。
ジャッキーに見守られながら
少しずつ少しづつ作業し、何とかお正月までの薪を確保出来ました


「自分が働く事の意義」 それを上記以外に見出せなければそれは人生の最大の失敗では
ないでしょうか?



以下が既に書いて保存済み(11/23)だったオリジナルの文章です。

時々思い知らされる。
「世界は広い」と、そこからは我々凡人とは丸っきりレベルの
異なる天才、神童が各界に少なからず出現するもんだ。

    
  キース・ジャレット本人の演奏が見つからなかったので
  別のピアニストのコピー演奏で我慢してね


普通の人が「人一倍 否、万倍の努力の結果偉業を成した」
それを否定する気もなく、素直にその結果への敬意も感動も賞賛も祝福も贈れます。

では、この天才たちへはどんな表現をしたら良いのだろう?
それはただもう呆けたような、これが同じ人という生き物なのだろうか?
そんな感覚です。


先日の夕方いつも通りに音楽を掛けて台所に立っていました。
左右のスピーカーからピアノソロのアルバムが聞こえる。
1975年1月24日ドイツ、ケルンのホールで演奏されたキース・ジャレットのライブ盤です。

自分はジャズ評論家の書くライナーノーツやネットの批評や評判はあまり読まず、
レコードやCDは勘とジャケットなどからのインスピレーションで買う事が多々ですので、
このアルバムも詳しい内容をあまり知らずにいました。

ですがその内容の素晴らしさは自分なりに気に入っていてこのケルンソロコンサートの
アルバムはレコードとCDの両方を持ってます。

いい夫婦の日、煮込みうどんの汁の具材や味付けの構想を練り、気持ちが集中してくると
このアルバムの最初の曲と自分が完全にシンクロしてしまった。
ピアノの一音〃〃、それがまるで神の呟き声、又はその動作から発せられる衣擦れの如く旋律と
なって聞こえます。
「これは天上の音もしくは宇宙の神秘そのものが発する音楽だ」
みたいな不思議な感覚を覚えたんです。

そして、このアルバムは彼が40年前、ドイツのケルンで神と交信しながら演奏した音楽だ。
そう確信しました。

今日は仕事が暇なのでこのアルバムに付いて調べてみたら
彼(キース・ジャレット)はこの頃、このような楽譜も無しの即効でのピアノソロのコンサートを
各地で行い、日本でも1976年に北海道から九州の7都市で、ソロ・アドリブコンサートを
行っていたという。

ネットの書き込みにも
このケルンコンサートでは彼に神が降臨し神の音楽を彼の両手の指を介して聴衆に聴かせた
みたいな事が書いてあったり
同じように感じた人が自分だけでなく他にもいることがわかりました。

ボクはこの時料理をしながら自分の身体は床から30センチくらい浮いていて、
たぶん宙を浮遊していた。
そしてそんな風に料理したその晩の煮込みうどん、それは妻も絶賛する味になりました。

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良かったなタロウ 今頃君は父ちゃんの下手なギターじゃなくて
天国で素敵な音楽を聴いてるんだろうな









  1. 2017/12/04(月) 10:12:20|
  2. ミュージック
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  4. | コメント:0

カノン

昨年10月公開の邦画「カノン」を他のDVD5本とまとめ一週間レンタルで借りて来て観た。

「カノン」とはバロック時代のひとつの音楽様式で主題の旋律を後から追いかけていく技法の事
1680年頃のバッヘルベルのカノンがあまりにも有名で誰でも一度は耳にした事がある筈。

    

そしてこの映画「カノン」はその曲を主題にアル中の母(鈴木保奈美)に育てられた3人の
姉妹の回想と、エンディングは成長した3姉妹で奏でるこのバッハベルの「カノン」ピアノ3重曹
で幕を閉じた。

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昭和半ば生まれのボクにすれば青春時代のマドンナ「多岐川裕美」が3姉妹の祖母役で
働き盛りの頃夢中で見た「東京ラブストーリー」のあのリカ役「鈴木保奈美」が母親役って
なんだかもう複雑な心境とその老け役ブリに注目、となんとなく借りて来てしまいました。


主題の音楽「カノン」の如く、成長した娘に後からあとから追いかけるように明かされていく母の苦悩と


妻と一緒に観たが正直泣ける映画でした。


一方で自らの幼い頃の母との思い出が次から次へと頭をよぎっていた。
小二か小三の頃に炬燵で縫物をしていた母にリコーダー代金を頂戴と手を出した時
(確か当時で800円)に傍にあった状差しで不機嫌に頭をはたかれたこと。
更に遡れば3・4歳の頃、田圃に仕事に行く母について行く時、いつも留守番を一匹でしている
猫が可哀想で連れて行き、その猫が途中で逃げそれきり帰らず、その日の夕方暗くなるまで
ボクをおんぶして一緒に近所を探してくれた母。

貧しい暮らしで無学の母だったが、末っ子のボクはきっと他の兄弟よりも人一倍可愛かったに
違いない。

あの時の頭の傷みや背中の温もりは今でも鮮明に憶えているが、幼かったからボクの側の
気持ちしかわからない。
貧しい暮らしを支えるため、毎日土と汗まみれで働いていた母。
いったいあの時どんな気持ちでボクに接していたのだろう?
聞いてみたいが母は今、天国にいる。
ピアノ三重奏の「カノン」
レコードを買って来て、母や父を回想しようかな。


「カノン」お薦めの一本です。

  1. 2017/12/03(日) 21:37:27|
  2. エッセイ
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

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