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海・空・大地の龍 その懐に抱かれて

街から山里そして海辺の丘へと移住を重ねる熟年男子のブログです

巣箱


引越しをするときに迷ったが小鳥の巣箱は置いてきた。
それは山里のシジューカラ夫婦が毎年そこで子育てをしていたからで、
彼らをがっかりさせたくはないと思ったから。 

実はそのことはしばらく忘れていた。
だが、庭をウロウロしていると何かが物足りなく感じる。
「何でだろう?そうだ野鳥の巣箱だ!!」

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ホームセンターで既製品を買うなどという発想はない。
幸いコンパネ板の切れ端が物置にとってあったのでこのクソ暑いなか
自作することにした。

昨日午後から3時間かけて二個、今日は暑くならないうちにと朝ドラが
始まる前の早朝に一個
シジューカラやヤマガラ用なら出入り用の穴は3cm、その径のドリルは
ないのでひと苦労して穴をあけた。
すこしイビツだけどこれもご愛嬌さ

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伊東市の図書館の蔵書は秩父図書館と比べて半分以下だろうか?
数度通っているがこの分だと読みたい本は一年でなくなってしまいそうだ。
今はアメリカインディアンの文化に触れた本「大地の声」(アメリカ先住民の知恵のことば)
立教大学社会学部教授・安部珠里先生の書いた本を読んでいる。

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インディアンを征服し服従させ、自らの文化に同化させようとした白人に対して曰く
「あなた方の信仰は、神の鉄の爪によって石に刻まれるがゆえに忘れることはないが
 わたしたちの信仰は父祖が残したものであり、心に刻まれるがゆえに忘れることがない」

曰く
「この土地の最後のバッファローが殺され、最後の魚が採られ、最後の森がなくなり
 最後の川が毒されたとき、あなた方はお金は食べられないということがわかるだろう」
 (すでに100年以上前にインディアンは現代のこの状況を予見していた)

アメリカ先住民に土地の所有という概念はない 土地は7代先の子孫から借り受けたもの
自然観は「人間は大宇宙の生命連鎖の円環に位置するひとつの生き物にすぎない。
太陽があり、水があり、大地があり、植物があり、動物がおり、それらがみな繋がりながら
お互いを支えあっているからこそ、世界に絶妙な調和が保たれている」

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一方白人は「人は神が自分に似せて創った完全な生き物」でありこの世の頂点に君臨するもの
自然は人が支配するもの」と考えている。
それは聖書の創世記にちゃんと書かれている。
神が自分の形に人を創造したあと、人間に言う
「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物すべてを
 支配せよ」

そして産業革命だ


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 巣箱は三つ 
 ひとつは食堂のテーブルから見えるヤマモモの木に今日作ったこのピンク
 もうひとつは和室の吐き出し窓の外側のもみじの木
 そしてひとつは玄関前の夏ツバキの木に



この国もかつてインディアンと通ずる考え方があった。それは時代を遡れば祖先が彼らと
共通しているからだろう。
だが江戸時代の末期、黒船の来航で価値観がひっくりかえり、あげく太平洋戦争の敗戦と
飢餓で
お金は食べられないことを忘れ、お金が支配する価値観にすっかり染まった。

最後まで白人に抵抗し滅んだインディアンと南米インディオの気高さがうらやましい。

きしくも62回目の誕生日を前にして、勝者の美学と敗者の美学を考える。
なんに対してでも勝者と敗者に分け、全てを戦いと考える人生観そのものから
そろそろ脱却したい。

多様性・・・
20年前のあのムーブメント、グローバルスタンダートとはいったいなんだったのだろう?
「その潮流に乗らなければ日本は世界から取り残される」
と、これまた国も企業もこぞって長い歴史の中で養ってきた
価値観や伝統をまた放り出す。
だからこの国の住民は右を向いても左を向いても金太郎アメみたいで、
価値観を違にする者を中々受け入れようとはしない。

そもそも健常者とそれ以外の者、後者を社会的弱者などと
区別すること自体がそうでない者の思い上がりに思えて仕方ない。
その昔出自や学のありなしで人を差別視したのも西洋と変わらないから
まぁこの国はその素養は出来ていたのだろう。

あなたとわたしは顔も違えば体型も違う。自ずと性格だって能力だって違います。
同じ基準で勝敗を競ってもナンセンス、5歳で高等数学をマスターしちゃう子もいれば
62歳になっても尚、英語もろくにしゃべれないボクもいる。
それで人の優劣を決めるのですか?
こんなに素敵な巣箱を作れるボクなのに (自画自賛 


未来永劫に勝者であり続けることなどあり得はしない。
敗者となって初めて他者への思いやりに気付き、最後まで勝ち続けたものがその最後に
目にする光景は「最後の森がなくなり、最後の資源が食い尽くされた荒涼たる大地だろう」



  



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  1. 2018/08/03(金) 11:40:22|
  2. 考察
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
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秩父の山里から海辺の丘へと再移住を決心した熟年オヤジのブログ
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